SKの説明を聞きながら、Sも「こんなところかな」とあげられた主査候補の名前を読み返した。
「ここにも候補はいますけれどね」二人の話が途絶えたところで、SKがポッンと言った。
「ん-」。
Sは思わずSKの顔を見つめた。
1959年3月に名古屋大学工学部機械工学科を卒業したSKは、エンジンが好きでT社自動車工業に入社し、ボディ設計を長く担当した。
1983年2月、T社自動車販売との合併で社名を変更したT社自動車のボディ設計部長とされ、ほかに大型トラックの主査に稲川達(元T社常務)、小型トラックの主査に薮田東3(元T社取締役)など、4人が初代の主査に選ばれた。
主査は直接制作に立ち会うわけではないが、ボディ、スタイル、エンジン、タイヤ、電気系統など、多くの仕事に携わる人々を束ねる役割を担うことになるから、本人の企画能力や専門知識などのスキル以上に人を使う能力が要求される。
リーダーシップとともにチームメンバーに信頼される人格が重要だ。
SKは、素晴らしい技術能力があると同時に、人とのコミュニケーションもできる男である。
SKチーム誕生「SKを新チームの主査にしてもよいな」。
SもSKの言葉を聞いて瞬間的にそう思った。
そしてSKの名前を候補者の最後に加えた。
SKが自分の机に戻り、一人になったSはもう一度考えた。
SKは優秀なエンジニアだった。
ただ技術部の庶務としてあまりにもSのレクサス開発チームのリーダーの1人,SK一郎氏なったSKは、「ハイラックス」のチーフエンジニア(主査)として成功し、主査として認められるようになった。
T社が戦後本格的に自動車生産を始めた1953年に導入した主査制度は、新車開発の制作責任を一人の主査が企画設計から予算配分、チーム編成まで一手に引き受けるT社独自の責任体制だ。
「トョペットクラウン」の開発責任者として中村健也が主査に抜擢「レクサス」のルーツ米国を走る高級車への熱い思いそもそもマルFプロジェクトとは、当時T社の最高級車として位置づけられていた「クレシーダ」(日本名「マークⅡ」)より一段と高級感を出したラグジュアリーカーを開発し、高級車として米国で販売することをねらいにスタートした開発計画だった。
話はT社が米GMとの合弁会社NUMMIを立ちあげ、次に米国でどういう戦略を打ち立てるかを模索していた1983年にさかのぼる。
この年、米国T社自動車販売の社長に就任した近くにいたため思いつかなかっただけだった.「よし、SKで行こう」Sは腹を固めた。
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